エモこそすべて

きまぐれ書き付け

World IA Day 2017 Tokyo 記録

本日はWorld IA Day 2017 Tokyo。抽選外れていたので自宅参加で楽しみました。

テーマはこんな感じ

今年のグローバルテーマは、Information Strategy and Structure。企業や組織の考えるべき情報戦略と、より理解しやすくするための情報構造がテーマです。

毎年東京では、人工知能集合知をより活用する視点を取り込んだ「弱いIA」(2014年)、パーソナライゼーションに伴う危険を論じた「フィルターバブル」(2015年)と、グローバルテーマを受けて、独自のテーマ設定を行ってきました。

今年は、「この情報があふれる時代に我々は情報にわれわれはどのようにこれらの情報と向き合っていくのか」を考えていきたいと思っています。

スピーカーさんのスライドはこちらにまとまっています。
World IA Day 2017 Tokyo | IAAJ: Information Architecture Association Japan

ダイアグラム思考—分類と系統の世界観—:三中信宏

最近樹形図を意識することが何度かあったり、ぼんやりとフォーカスしていたものにもまつわるテーマで、話を聴きながら一貫して「なぜ人は分類したがるんだろう?」というのが根っこを流れていました。

この辺りは三中氏のスライドp,8で触れられてる「実在論と知識の自然化」に詳しい。
詳しいんだけど「うん!いい感じの蒐集変態には付き物なんだな!」という雑な理解。

おそらく自分の手で目で分類をしていると、情報や物事が思う通りにコントロールしやすくなるので気持ちが良いはず。
分類考えたり、イケた分類に放り込んでる時はヒャッハー!ってドーパミン出そう。
※それが分かりやすさとイコールではない。

分類と系統の体系 チェーン、ツリー、ネットワークの項目はすごく納得できた。

ネットワーク時代のデータビジュアライゼーション:矢崎裕一氏

物事を分かりやすくする取っ掛かりとしてビジュアライゼーションは必要不可欠で、これからは意識をしないでは情報を発信してもスルーされるんじゃという気構えすらある。

その点で矢崎氏の話はものすごく楽しみでした。
美しいビジュアライゼーションすぎて、かえって近寄りがたい雰囲気も醸すものですが、美しいことはいいこと。
データをぱっと見きれいに、等しく分けられるように思えたとしてもp,45の富山県南砺市の例を見るとアカンかったことに気付く。
立ち位置による情報の見え方を意識しておく必要も場合によってはある。そこには全然至ってなかったなぁ。

ビジネスにおけるタクソノミマネジメントの今:池田龍馬氏

タクソノミマネジメントについては、言葉自体が初見だったんですが、分類は図書分類法のような系統だった学問がある程度網羅し尽してるんじゃないかと思ってました。

が、「常に新しく生まれてくる分類」ということに気付いてませんでした。
ECをベースにされてのお話しなのですごくわかりやすかったんですが、2シーズン前には無かった「コーディガン(コートとカーディガンの間、たっぷりしたニットのロングカーデの別称)」「ガウチョパンツ(太くて膝下丈ぐらいのパンツ)」なんてものが出てくると、「パンツ」ひとつで済ませてた分類じゃ小回りが利かなくなると……!

どのタイミングで分類増やしたり付け直したりすることになるんでしょうか。果てしない物語。

あとのパネルディスカッションで長谷川氏が「ぼくガウチョパンツって今全然わかってないんですけど」って言ってて意外でしたメモ。

IAにおける分類のいま:長谷川敦士氏

フォークソノミーというキーワードが。
フォークソノミー - Wikipedia

タグで分類していく今的には身近なもので、これをどうタクソノミーに持ち上げていくかという点が出てきました。きっとこの流れにしていくことで利用者側から自然な認識を持てる分類になるんだろうな。
p,25からのBBCの「SHERLOCK」のURL問題あたりも、エピソード数ベースにURLつけてたものが、シーズンという上位分類が増えたおかげでハイ!破綻!なんて流れになっていて、あるよねそんなこと……と同情を禁じ得ない。
この流れですごくフックになったのはこの後のパネルディスカッションでも盛り上がっていた「人が分類すべきなのか?」という点。

パネルディスカッション

これはスライドも無いライブものなので、勉強を兼ねてグラレコで記録。https://www.instagram.com/p/BQpZ7jbFj_P/

World IA Day Tokyo パネルディスカッション 即出しまとめ モデレーター長谷川敦士氏 パネラー 三中信宏氏、矢崎裕一氏、池田龍馬氏 #wiadtokyo

ある程度は機械的にAIなどで分類をすることは可能だと思う。
ただし、フォークソノミーのような利用者側から自然発生的に生まれる新しい分類についてはどこまで利用者に違和感なく無意識に気持ちよく使えるようになるかという点で、機械学習だけでは補いきれない点もあるんじゃないのかというのが個人的な感想です。
池田氏がおっしゃるように、今のガウチョやコーディガンのようなものも「はやりの中では正しいかどうかは分からない、はやりが終わった後で正しい分類がはっきりしてくる」ということがまさにそう。

長谷川氏がおっしゃる先々どう分岐していくかの考慮もそう。
考慮したところでいきなり劇的なネーミングで分類されるかもしれないし。

いやぁぁ分類は果てしなくて面白い!